メニュー

メッセージ

透明なガラスの中に截金を封じ込めた「截金ガラス」は、山本茜が独自に編み出した技法です。
「截金を装飾ではなく、表現の主体にするために空間に浮遊させたい」という願いから生まれました。
截金ガラスの制作には、截金とガラスの両方の専門知識と経験が必要なため、制作は一貫して行っています。

截金ガラスの制作1
截金ガラスの制作1

山本茜の截金ガラス

「截金を立体の中に浮かび上がらせるためには、どうしたらいいのか?」。「截金ガラス」にたどり着くまでに、透明な物体の中に截金を込める方法を模索しました。美術館では1000年以上前の作品が、今なお、私たちに感動を与えてくれます。私の作品も1000年後も残っているかもしれない。そして1000年後も美しい状態で鑑賞していただきたい。そう考えると、永遠の輝きを保つ金箔を支える素材として、アクリルや接着剤のようにいずれ劣化するものは一切使用できません。そこで、「溶かしたガラスの中に截金を封じ込める」という、誰も試みたことのない技法を開拓することとなりました。

截金ガラスは、2次元の截金を3次元へと進化させました。ガラスという透明な支持体を得たことで、截金を重ねたり、交差させたりする立体構成が可能になり、ガラスの色による色彩表現、カットによる光の屈折、形による立体表現‥‥描ける世界が無限に広がり、絵画表現や物語、心理表現まで挑戦することができます。それが、私が思い描いていた截金作品でした。

ガラスは溶かすと流動性がある一方、冷えれば固く、重く、作業は大変不自由なものですが、出来上がった作品の中の截金は、装飾という従来の役割から解き放たれて、自由に主張を始めます。光による万華鏡のような複雑な屈折、反射の映り込みまでを計画してつくりますが、時にイメージした以上に美しい作品ができあがることがあります。そんな時はこの上ない喜びを感じます。

技法について

<截金>

截金(きりかね)とは、金箔を数枚焼き合わせて厚みをもたせたものを、細い線状または三角、四角などに切り、筆先に取って糊で貼りながら文様を描いていく技法です。その歴史は古く、紀元前3世紀のオリエント発祥と言われています。截金の技術はシルクロードをはるばる旅して、6世紀に仏教とともに日本に伝わり、主に仏画・仏像の装飾に用いられました。この技術は日本固有の工芸として現在まで連綿と受け継がれています。

<截金ガラス>

截金ガラスは、電気炉でキャスト(型に流し込んで成型)したガラスの塊に截金を施し、その上にさらにガラスを重ねて再び電気炉にて融着し、その後、接合した塊を削り出し、磨き上げてつくります。窯の温度が不適切であると、せっかく施した截金が歪んだり溶けたりし、また、焼成したガラスの塊は時間をかけて徐々に冷やさないと割れてしまいます。それを避けるための緻密な温度管理をコンピュータ制御された窯で行っています。

截金ガラスは、伝統的な技と現代の科学技術の両方があってこそ可能な表現なのです。

ポリシー

私の制作の根底には、大学で学んだ文化財模写があります。古い時代の絵画を観察、研究し、実際に模写をしてみると、当時の絵師が画材、技法を吟味し、綿密に手を入れていたことがわかります。気づけば目が奥へ奥へと誘われる、深淵な世界。いつまでも見ていてられるもの。夢中にさせるもの。それは、作品を最も美しくするため絵師が一点、一筆に最良の選択肢を積み上げてきた結果、あらわれたものなのです。

仏画の截金の部分を模写する時、金泥で描いた方が早く簡単に写せます。しかし、金泥よりも金箔を用いた方が輝きが断然美しいのです。金箔を細く切り一本ずつ貼って文様を紡ぐという気の遠くなるような時間をかける行為には、より美しく仏様を荘厳したいという願いがあります。深淵な世界を作り出した絵師達に敬意を示し、その心まで写したいと願ったことが、私が截金を手がけるきっかけともなりました。

截金ガラスの制作工程は無数にあり、完成までに長い時間がかかります。それは古い時代の絵師たちと同じ「美のための無数の選択肢」の積み重ねです。技術的、時間的、物理的に苦しい選択も多いのですが、私が美しいと思い模写してきた作品には、細部に至るまで、妥協の痕跡はひとつとしてありませんでした。模写を通じて「作品はこのようにして作るもの」ということを、体に染み込ませてきたと思います。

「神は細部に宿る」———そのために、私もまた妥協なく、隅々まで隙のない、品位品格ある作品を作りたいと思っています。

『源氏物語』に導かれて

私が截金ガラス作品を通してやりたかったこと、それはイメージを自由自在に忠実に表現し、作品に語ってもらうことです。そのためには確かな技術が必要です。

私はライフワークとして『源氏物語』五十四帖を截金ガラスの作品にすることに取り組んでいます。『源氏物語』は世界最古の小説と言われています。そこに描かれる平安時代の雅な王朝世界と、同じ時代に盛んに用いられた繊細優美な截金とは共鳴する美意識があり、截金ガラスは『源氏物語』を表現するのに打ってつけの技法です。

中学校の授業で習って以来、その美しい文体と雅な王朝文化は私の心を捉え、以来愛読書となりました。自分の人生経験が増えるにつれ、読み返すたびに新たな発見があり、『源氏物語』を通して自己探求をしているのかもしれません。

作品は、五十四帖それぞれの印象に残った場面から抽象的なイメージを描き、それを形にしています。2010年に全てのイメージを書き起こし、持っているガラスの技術でできそうなものから挑戦し始めました。失敗してはデータを取り、成功に近づける。この試行錯誤の中から新たな技術を手に入れ、次により難しいイメージに挑みます。『源氏物語』を一帖作るごとに、一つ、また一つ新しい技術を手に入れ、截金ガラス表現の幅と自由を獲得しています。五十四帖を完成した時には、私は表現するためのとても大きな自由を手にしているはずです。『源氏物語』は私を新たな創造へと駆り立てるイメージの源泉であり、同時に技術的試練を与えてくれる師でもあるのです。

『源氏物語』は世界各国で翻訳されていて、外国で最もよく知られた日本の古典文学です。『源氏物語』をテーマにしたことで、海外の人にも日本の文化、工芸を身近に感じていただき、また、截金ガラスの魅力を世界へ発信することができると思っています。